2004-03-04 [長年日記]

_ [MUSIC]良すぎ!

河村隆一の新曲、良い。よろしい!

特に、2曲目のMissing youがいい。

この歌は物語ちっく。

仲の良い友達が、新しい生活を送る(就職や進学)ために遠くへ行ってしまう。会いたい仲間に会えないのは寂しい。そんなとき、離ればなれになって初めて自分がある友人のことを好きだということに気付く。その想いはとても強い。もっと早くにこの想いに気付いて打ち明ければよかった。けれど、この想いにもっと早く気付いてしまっていたら、その友人の前では自分らしく振る舞えなかっただろう。とてつもなく遠い友人との距離。電話することもできず、何もできない。すると、一通の手紙が届く。それは、友人、そう、愛する人の結婚式の招待状だった。一番恐れていたことが起こってしまった。一番大事な人が誰かものに…。嘘だと言って欲しい…。叶わない想い。伝えられない想い。その想いを胸の奥に隠して結婚式に出る。でも悲しくて、涙が出てしまいそうで、愛する人の姿を直視できない。けれど、愛する人のため、愛する人の幸せを祈って、精一杯の笑顔を振りまく…。

こんな歌です。途中から、我がなりきって解説したため、多少おおげさな表現になっております(笑

いいね、これ。こんな経験したことある人多いんじゃないのかなあ? 我は(今のところ)ないですけどね。

あと、この歌詞の内容って工藤静香の「慟哭」とも何となく通じるよね。

ああ〜、切ない。

_ [MUSIC]コンプリートアルバムボックス

なんかさ、こんなのが出るらしい。特典のDVDは欲しいんだけど、アルバムはすべて持っているから、アルバムはいらん。誰か、我のまわりでLUNA SEAのアルバムが欲しい人いない? その人に我は自分のアルバムを安く売りつけて我がこれを買うか、もしくはその人がこのBOXを買って、我がDVDを見るか。

さて、どなたかいませんか?(いないだろうな。)

_ [バイト]危なかったー

今日も14〜21時でバイト。今日も結構忙しかったぞ。最後のほうはちょっと延長気味。んで、一生懸命モノレールの駅まで走って、なんとか乗車。よかったー。

とりあえず、仕事は疲れた。

_ うわーん

バイトの関係で函館旅行、無理かもしれません…。>研究室の先輩

でもどーしても行きたいんだよなー。でも我慢しろってことかなあ…。行くとしたら3月下旬しかないか…。でも行ってる場合じゃないし、もしも「あの状態」になったら、いろいろと忙しくなりそうだしな。ううー。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]
_ Nika (2004-03-04 01:43)

目当てだった同級生が自分の親友の後輩とくっついた。そのきっかけ→「君と一緒にいつも楽しそうにしてたじゃんあの子?それで良さ気付いちゃったっていうかさあ…」へえ。へえ。へえ。でも今思うと彼に対する感情って恋愛じゃなかったな〜高校2年生で若かったw<br>友達と恋人はシビアに区別つけるよ自分は。男友達は多いけど、押されても自分が愛を持てるかどうかを考えてNoが出たら絶対OKしない。恋と愛は違うから。責任持てない恋は引き受けられないな〜でも逆も一緒。相手が自分に愛を感じるのは無理そうだなと思ったらあっさり引く。理屈じゃないからねこれって。<br>自分の寂しさとか楽しさとか所有欲とか嫉妬って視点でモノを考え始めたら、どんなにお互い要求しても終わる事を身を持って知ってるし。それで婚約者振ったな。<br>今はもうそんな奴が居た事自体自分から思い出すことも無いけど、ただ恋と愛は全く違うもので、愛ってのは感じられなくなったら二度と元には戻らない、これは確か。何度でも戻るのは恋というか執着心です…。愛の形はどんなドラマよりもロマンチックだし残酷。ほんと残酷。

_ akkie (2004-03-04 02:06)

なんか、深いです…。<br>我はまだ「恋」と「愛」の違いをはっきりと理解できていないような気がします。その二つが違うっていうのは何となくわかるんですけど。だからなのか、「大事な何か(=誰か)」を忘れているんじゃないか、見落としているんじゃないかっていう不安が常に付きまとっているような…。いろいろな状況下では自分の本当の気持ちを確認することができないんですよね。でも、その確認できないことも自分の姿だし、嘘ではないし…。<br>うーん、何言いたいのかわからなくなってしまった_|‾|○

_ Nika (2004-03-05 03:37)

僕は相手の愛を試し始めた自分を悟った時「自分の方が」相手を愛せなくなってるんだと分かった。既に相手がどうこうって次元じゃないんだって。<br>色恋沙汰は「振った側」の方が傷付いてないように見えるかもしれないけど、自分がどう頑張っても相手を愛せない事実ってのは「振られる」よりも深くて、埋めようの無い絶望感だよ。あっさり振られて終わった方が良かったって今でも思う。<br>どうにも愛せない絶望を知ったとき、人を本当に愛し大事に想う時に感じる「幸せ」というのが分かった気がする。自分の性格もあると思うけど、自分は本当に愛してしまったら彼がたとえ他の女友達と楽しそうにしていても顔が綻んでしまうタチなのです。浮気OKなわけでは決してないんだけどw<br>逆に言うと「自分以外の何か」で楽しそうにしている相手を見ても顔が綻ばなくなったら絶対にどこかで不満が出初めて、その不満は大体相手にとっては「なんで?」って代物で、分かってもらえないから感情的になって、相手を疑いだして、「愛」を試しだして…。愛は見つめ合う事じゃない、並んで歩く事。自分を見つめてくれない事に不安を覚えるのは、相手への愛ではなく寂しさへの自己愛。<br>相手さえ自分を変わらず愛し続けてくれれば永遠に一緒にいられると誰でも一度はそう思う。でも「自分が誰かを愛す」というのは実は難しい。何故人は望む愛を手に入れられなくて苦しむか?それは愛する事自体が理屈じゃないから。理屈を超えたとても純粋なものだから…。相手の気持ちが分からないのと同じくらい実は自分の気持ちも脆い。で、自分の気持ちが硬いのと同じくらい、他人の気持ちもそう安っぽいものじゃない。<br>相手がこっちを振り向いてくれた事で感じる自己満足的な嬉しさは「恋の駆け引き」をしている段階の話だね。こういう類の刺激的な嬉しさは、長く居ればどんどん褪せる。夢の無い話だけど、恋人と夫婦は違うってのの典型。<br>相手がこっちを振り向いた時の嬉しそうな笑顔を思い出して思わず微笑んでしまうのが愛。上手く言えないんだけど嬉しそうな相手と、それを見てこっちまで微笑んでしまった自分、全部ひっくるめて抱きしめたくなるような幸せ、それが愛だと思ってるな。勿論「自分が嫌い」では出来ない芸当。まずは自分で自分を愛せなければ…。<br>って言われると分かるんだよね。自分を愛する事ですら難しいでしょ?ましてや、他人を愛するなんて…って、事なんです。。


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